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zoom RSS ★「空がきれい」全文

<<   作成日時 : 2013/05/06 16:48   >>

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「空がきれい」     高橋 亜紀彦
  元気な頃の母は働き者で、夫を五十二
歳のとき亡くした後、私の学費の工面を
保険外交員の生業で賄ってくれていた。
しかし、母は過剰に他人を信じやすい天
真爛漫なひとであった。
 新宿駅で個人情報収集かキャッチセー
ルスのようなものに「あなたが選ばれま
した」と声を掛けられれば「あたし選ばれ
たの」と、無邪気に喜んだり、あるいは
インチキな「高級」寝具を掴まされたり、
挙句の果ては、「あたしの勉強してるこ
とは簡単に言うと宇宙の真理を追究する
学問なんだよ」などと気学とかに支配さ
れている有り様であった。
 母の愚行を数え上げれば枚挙に遑がな
い。
 しかし、思えば女手ひとつで稼がなけ
ればならず、何かを因(よすが)にせざるを得なか
ったのであろう。
 私が再婚した頃から母の認知症が始ま
り、そのためか嫁姑のバトルはまったく
なかった。( 母には悪いが、不幸中の幸
いであった。)
 転倒のため股関節を骨折し人工骨陶を
入れる手術の翌日のことである。母の入
院する整形外科に会いにゆくと麻酔の影
響もあって夢と現実の区別がつかなくな
っていた母。
 私が暴力団員に痛めつけられる夢を見
たらしく…。
「あの子可哀想なの、殺されちゃったの」
と、隣のベッドの人に告げている声が聞
こえた。母のベッドに近づくと目が合い
母の涙腺から(実に勢いよく)涙が迸り
出て、
「生きてまた会えるとは思わなかった」
「お母さん、僕は大丈夫だよ」…。
 この時から私は自他共に認める正真正
銘のマザコンになった。
 整形外科退院後、近所の第一ホテルに
母と妻と私の三人でコース料理を食べに
行ったことなどは思い出である。(第一
ホテルは、通常バイキングであるが、特
別に、フレンチを頼んだ。)
  また、特養入所中のある夏の日、窓辺
に居た母がふと「空がきれい」と、呟
いたことは忘れられない。
 もう、何も分からなくなっていた母な
のに。
 自然を愛でる感受性が、まだ母には残
っていたことに私は、感動した。
 幸せのやうに夏空褒める母 
 2012年の偶然にも3月11日が命
日である。死因は胆管癌。あまり苦しま
ない最期であった。享年八十四。
 春の雲柩に犬は尾を振りて  
 いづくかで母闌春に憩ふらむ
 

 追記。果して「(親の)死に目に会う」
ことの意義とは何であるのか?
私にはよく分からないままなのである。

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